わからないのは悲しいことです - 江草乗の「大人の物欲写真日記」

　次男が妻に宿題を訊いている。私は隣の部屋でそのやりとりを聞いているのだが、次男は決して私に訊くことはない。「そんなこともわからないのか！」という私の高圧的な態度が嫌いだからである。しかし「そんなこともわからないのか」とあきれるほどに次男はわかっていないことがある。学校でちゃんと先生の説明を聞いてるのだろうかと不思議に思うのである。なんでそんな基本的なことをきくのか。どうして分数の計算のルールがわかってなかったのかとか、白地図に日本の都道府県名を正しい漢字で入れるなどという覚えれば誰でもできることが覚えられないのかとか。
　私が次男の相手をしたくないのは、その傲慢な態度にある。わからないときに次男は「わからん！教えて！」と大声で怒鳴るのである。まるでわからないことを誇るのかのように大声で「わからん！」と怒鳴るのである。
　わからないことは悲しいことであり、それはたいてい自己責任だと思う。
　学校で「わかりません！」と胸を張って答えられるヤツはたいてい馬鹿である。わからないことが悲しいことであるというその本質的な意味も知らずに、自分がアホであるという事実に対して傲慢にも開き直っているのである。せめて「わかりません」という言葉は恥ずかしそうに小さな声で言ってくれ。そして、それが恥であるということを認識してくれ。
　わからないという状況を克服するためにおまえは努力したのか。自力で解くための最善の努力を尽くして、それでもどうしてもわからないという壁にぶち当たって、その結果として「わかりません」なのか。そういう馬鹿に限って自分がわからない理由を他人のせいにする。教え方が悪いからわからないだの、ちゃんとコツを教えてくれないからだだの言い訳をする。それさえ知っていればあーら不思議どんな問題もすらすらできまーすなんてコツがあるならこっちが教えて欲しい。「勉強のコツがわからない」なんて言う馬鹿は幼稚園からやりなおせ。そんな単純なことだと甘えてるからいつまでも馬鹿なんだ。
　指名された時に間髪入れずに「わかりません」と答えるヤツも情けない。それが大学入試の問題であっても、人生を掛けた試験場での瞬間であっても同じように「わかりません」とあきらめるのか。そんなヤツには進歩はない。
　受験生の長男も質問に来る。英作文の問題をたくさん抱えてくる。それを一つ一つ説明するのだが、いきなり答えを教えることはない。まず解かせる。そして間違えた解答を添削しながら説明するのである。Ｃａｎ　ｙｏｕ　ｈｅｌｐｉｎｇと書いていたので、「Ｃａｎに接続するときは動詞は原型になる」と説明してｉｎｇを削ったりとか。
　妻が息子たちに諭していた。「宿題を教えてくれるお父さんが居ることに感謝しなさい！」と。でも、ここから先はどうかな。高校受験までなら数学も理科でも、たとえ灘高校の入試問題であってもなんとか答えてあげるよ。でも、その先はわからない。受験で選択しなかった生物や世界史はすぐにわからなくなるだろう。共通一次のために勉強した物理・化学・日本史・地理ならかなり先までなんとかなる。英語や国語も大丈夫だろう。でも数学はかなり忘れている。微分積分は覚えてるけど、数列は苦手だったから漸化式は自信がない。３０年も経てば忘れて当然だ。そんな知識は使うこと無かったのだから。でも、必要になればまた古いチャート式とかを持ち出して復習しないといけないかも知れない。
　わからないことは悲しいことだ。もしも質問されたときのために、３０年前にやった受験勉強のことを思い出すのも悪くない。そういえば高校で教えてる生徒たちが歴代の総理大臣の名前とかを暗唱していたので、目の前ですらすらと歴代首相名を答えて「イクヤマイマイ　オヤイカサカサ」と名前の頭文字で覚えるのを披露したら目を丸くしていた。これでも文学部史学科日本史専攻だぜ。
　知識はどんどん錆び付いていく。日曜日の昼間にやってる「アタック２５」をみていても、昔ほどには答えられない。もう２０年以上前だがテレビのクイズ番組を荒らしていた頃は、たいていほとんどの問題に正解できていた。今は正解できる問題は６〜７割に減った。答えを聞いて「なんでこんなこと忘れていたのだろう」と悲しくなることもある。
　しまい込まれた膨大な知識は、今の自分をちっとも幸せにはしない。人生に必要なのはもっと別のものである。そして、自分が身につけた「知識という贅肉」はこのまま意味もなく朽ち果てていくのだなと思うと悲しくなる。