息子の受験失敗でうつになる母親 - 江草乗の「大人の物欲写真日記」

　城山三郎の小説「素直な戦士たち (新潮文庫)」には、息子を何としても東京大学に入れようとする母親が出てくる。この本が出た当時、読んだ人は「さすがにそんなおかしな母親はいないだろう」と冷笑したものだった。確かこの本は書庫のどこかにしまってあるはずだ。また読んでみよう。
　しかし、いつのまにか事実はフィクションを超えてしまった。そしてガンガン塾通いさせて中学受験させ、そうして子どもを「受験戦士」として育てることがごく当たり前の日常になってしまった。３０年も前の小説からそれほど事情は変わってないということにも驚くのだが、中学受験に失敗するということは小学６年生にとってどんな大きなストレスだろうかと思ったら、それは子どもよりもむしろ母親にとってのショックの方が大きいのだという。日刊ゲンダイから引用しよう。

わが子の不合格で…　中学受験　妻までウツ
2011年3月19日(土)10時0分配信　日刊ゲンダイ　
●「もう別居するしかない」
　震災でそれどころじゃないという家庭もあるだろうが、わが子が受験に失敗し、うつ状態になる母親がいる。アナタの妻は大丈夫か？
●同級生のお母さんと「顔を合わせたくない」
「妻（３６）と別居しようかと思っているんです」と、不動産会社に勤める谷川さん（４３＝仮名）は話す。妻の様子がおかしくなったのは、ひとり息子の私立中受験が終わってからだ。
　妻は、息子が小３の頃から受験の準備を進めてきた。背伸びして有名私大系列の中学を目指したが、第１、第２志望とも不合格。結局、地元の公立中に通うことに。
〈仲のいい友達も同じ中学だし、いいじゃん〉
　息子の方が、気持ちの切り替えが早かった。ところが、妻は、
〈あの子の将来が……塾の選び方が悪かった。体調管理も失敗だった〉
　と、毎日グチグチ。たまりかねた谷川さんは、〈一生懸命やった結果だろ。運が悪かっただけで、誰のせいでもないよ〉と諭したが、妻に逆ギレされた。
〈私がどんな思いで……アンタは何も分かっちゃいない！　アンタがそんなにのんきだから、合格できなかったのよ！！〉
　妻の気持ちは分からないでもない。塾の送り迎えを欠かさず、バランスのいい食事を作り、睡眠時間に至るまでスケジュール管理もバッチリ……小３からの４年間、息子と二人三脚で頑張ってきたから、ショックも大きかったのだろう。
　谷川さんは〈時間がたてば〉と考えていたが、日に日に妻の様子がおかしくなってきた。
　夜中まで寝つけない。朝も起きられない。〈体調が悪い〉と言っては、朝食の準備もしない。掃除や洗濯などの家事もしなくなった。そのうち外出も嫌がるように。ゴミ出しまでできなくなった。
　妻いわく〈同級生のお母さんと顔を合わせたくない〉。同じマンションに住んでいる同級生は全員、息子が落ちた第１志望か第２志望の中学に合格したらしい。
　妻は寝室からも出てこなくなった。谷川さんとも息子とも、ろくに口を利かなくなった。
　明るく振る舞っていた息子まで、〈僕が悪い。僕のせいだ〉と、自分を責め始める始末だ。
「冷たいようですが、とりあえず妻と別居しないと、息子までダメになりそうで怖いんです」と谷川さんは話す。
　銀行に勤める山上さん（４５＝仮名）も、谷川さんと同じような経験をしている。
　ここ数年、夫婦の会話といえば、息子の中学受験のことばかり。
〈お隣のＡちゃんは模試で何番だった〉
〈Ａちゃんはあそこの中学を狙っている。ウチも負けられない〉
　そう話す妻の目は、本当に血走っている。髪もボサボサだ。とうとう妻が〈眠れない〉と言い出したので、クリニックに連れていったら、うつと診断された。今も妻は定期的に通院し、睡眠薬を手放せない状態だ。中学受験が過熱する裏で、こうした“燃え尽き妻”が増えている。精神科医の佐藤幹氏（新橋スリープ・メンタルクリニック院長）が言う。
「とりわけ都市部の母親は、名門私立中に合格することが子供の幸せで、公立なら将来は真っ暗だと思い込んでいる。周りに認められたい、ライバルに勝って満足感を得たいという思いも強い。そのため、受験に失敗すると〈一巻の終わり〉と絶望感を感じてしまうのです。また、子離れできずに子供と自分を同一化し、子供がダメなら自分もダメだと思い込んでしまうケースもある。だから失敗したときのダメージは大きい。自分を追い込み、うつ状態になってしまうのです」
“アクセル”を踏みっぱなしの妻がいたら、夫が“ブレーキ”になるしかない。〈子供の教育は妻任せ〉では、家庭がおかしなことになる。（日刊ゲンダイ2011年3月16日掲載）