京都でデート５ やきもち

　上賀茂神社の前に神馬堂という店があって、名物の「焼き餅」を売っている。実はわたしはこの「焼き餅」がかなり好きである。おそらくは何百年も形を変えずに売られてる名物には、有無を言わせぬ何かがある。
　ただ、女性の焼き餅は苦手である。
　多くの女性の勘違いは、私のことを「モテてモテてモテまくる男」と錯覚することだ。そんなありえない妄想から、私にはさまざまな災厄が訪れる。もう２０年近く前のことだが、私は男の友人と部屋で夜遅く将棋を指していた。それがたまたま２月１４日という日だったことがその最悪の事態を招いたのである。その日は、何が何でも女性のために空けておくべき日だったのだ。
　部屋に電話が掛かってきた。私は「今友達が部屋に来てるから今日はダメだ」と答えた。掛けてきた相手は当時つきあっていた女性だった。私は正直に「部屋で将棋を指している」と答えた。
「バレンタインデーの夜に男と将棋を指している」
　そんなこと誰が信じてくれるだろうか。今の私ならそれがどんなに非現実的なことかわかる。しかし、本当にその日の私は将棋を指していたし、その将棋はその年の春に２０歳の若さで死んだ彼と言葉を交わした最後の瞬間だったんだ。
　私が女と過ごしてると誤解した彼女は、交通事故を起こしてクルマを大破させた。やきもちから彼女は判断力を失ったのだ。
　頼む、やきもちなんか焼かないでくれ。焼き餅は神馬堂で食うものだ。