夏の日(その11)
初めての方は必ずその1(12/17の日記)からお読みください。
「今、梅田にいてるの。来てくれる?」
日曜日、家に居た私のところに電話があった。就職活動のためのリクル−トス−ツを買うためにMは阪急百貨店に来ていた。めずらしく私はクルマではなく電車で出かけた。私はMと待ち合わせ、買い物につき合い、それから二人で明石焼きを食べ、大丸ミュ−ジアムで絵を見て、それから暮れ行く大阪の街の灯を眺めた。京都に帰る時にMは、「京都まで送って!」と言った。断れない。私はキップを買って、特急の座席に二人並んで座っていくことになった。
河原町で降りて、そのまま四条河原町界隈を歩いた。夕食を一緒に食べて、鴨川べりを散策した。その二人の仲睦まじい光景を、Kがどこかで目撃していたとは夢にも思わなかったが、これまでの二人がいつもクルマでデ−トしていたのにその日は確かに無警戒だった。
翌日、Mから電話があった。
「もう会えないし、もう電話もかけてこないで」
彼女の言い方はいつもと違ったし、電話の向こうに何か人の気配がした。もしかしたら、誰かにそういうセリフを言わされていたのかも知れない。
「待てよ! 理由がわからん。何かあったんか。」
「わたしたち、見られたのよ!」
私はすべてを了解した。嫉妬に狂ったKが、Mを許さなかったことは容易に察し想像がつく。
「もうセンセーには会えないの。絶対に会えないの。会ったら絶対にセンセー に迷惑がかかる。Kには失うものなんかなにもないの。だから、別れて……」
私は奈落の底に突き落とされたような気分だった。それ以後、Mからの電話は2度となかった。ただ、1通長い手紙が届いた。彼女の下宿に居座るKに見つからないようにと短大の教室で少しずつ書いた手紙だった。末尾はやはり、「先生、さようなら。」だった。
私の生活にはそれから、Mのいない時間がゆったりと流れはじめた。あわただしく過ぎた非日常の時間は終わり、退屈な日常が自分の生活を支配し始めた。毎日読み返していたMからの手紙も、いつのまにか読まなくなった。
Mは私の前から完全に消えてしまった。
(〜その12に続く)