夏の日(その10)
初めての方は必ずその1(12/17の日記)からお読みください。
ここで絶対に勝負をかけないといけない。しかし、Mのガードは固い。KISSですら抵抗するのである。どうやって結ばれる所までもっていけるのか。平和的にものごとを処理するのが好きな私は、「むりやりに襲う」という行為には持っていきたくなかった。あくまで「合意の上で」ことを行いたかった。しかし、隣に座って話をしていても、抱きしめると「やめてよ!」である。全く進展がない。
私はあきらめて、オフコースの曲をいくつもかけた。そして私も唄った。
あの夜きみは部屋にいない でもぼくは何もきかない ただきみを離せなくなっていた 誰かのための きみの過去は 都会のざわめきに 隠して (『夏の日』)
そして、なんとかKISSに持ち込むために、私は下らない遊びを提案した。それは例えばポッキーを両端から食べてみるとかである。しかし、最後まで来ると彼女は唇がくっつく前にさっと食べてしまうのであった。私はMのなすがままにただ翻弄されていた。夜は更けていく。私は次の策を練った。一つひらめいた。
「このまま酔ってしまえば、クルマを運転できないので、Mを京都に送れない!」
そうすれば、今夜は二人きりでこの部屋に泊まることになる。チャンスは大いに広がる。今夜こそやれるかも知れない。私は自分の頭のよさにつくづく感謝した。
私が部屋の冷蔵庫にあった缶ビールに手を伸ばし、いきなり1本を飲んでしまった時、Mは少し怒った。
「ちょっと、待ってよ。飲んだらクルマ乗れないでしょ。」
「きみがKISSもしてくれないから、ヤケになってるんや。悲しいしな。」
私はなおも飲もうとした。Mは私の手から缶ビールを奪った。
「もしも私がセンセーとKISSしたら、飲むのはやめてくれる?」
Mは私の部屋にあったブランデーを少し口に含み、そして私に顔を近づけ、強烈なKISSをしてきた。KISSが強烈だったのか口移しに流し込まれる液体が強烈だったのか、とにかく私は予期せぬMの行為に度肝を抜かれ、思わず気管にブランデーを吸い込みはげしくむせた。
「ゴホッゴホッ……ゲボッ!」
喉がやけつくように痛み、甘いKISSの余韻に浸るどころではなかった。
「もー、センセー、ちゃんと飲んでよ。こぼれちゃったでしょ。」
Mは少し拗ねたような顔をし、それから、言った。
「KISSしたんだから、ちゃんと送ってよね。」
私は京都に向けてクルマを発進させるしかなかった。
(〜その11に続く)