父と暮らせば48(いつか来る日)
前回にこのシリーズを書いてから、かなり間隔が開いた。
何人かの方から「お父上は?」と尋ねるメールをいただいたこともあった。特に書くような材料がなかったわけでもないが、なんとなく書けないままに今日に至った。そして今日はどうしても書かないといけない事実が判明したのでこうして書いているのである。
父のかかりつけの医師がレントゲンを撮ったところ、肺に影が映ってるということで、一度CTを撮ってみようということになり、別の病院に行ってCTを撮った。
どうも肺に腫瘍のようなものがある。
それで今日は羽曳野病院に行った。そこでは癌であるという診断が下ったのである。85歳という高齢で、しかも心筋梗塞を患ったことがあるという状況、そしてかなり病巣が大きいということを考えた場合、手術で取り去ることはもう不可能で、抗がん剤や放射線治療も本人への負担が大きすぎるということを知らされた。
医師の判断は、「経過観察」ということだった。
今まで通りの家族と一緒の生活をして、そして最後の時間を安らかに暮らしているようにさせたいと私は願うのである。入院中の姉(私から見ると伯母)にも2年前に逢ったきりだし、他の兄弟姉妹たちとは昨年の夏にあった本家の兄嫁の葬儀の時に逢っているけれども。
自分が定年退職して、そのときに父がまだ元気なら、クルマでいろんなところに連れていってあげたいと思ったのだが、どうやらそんなに長くはもたないのである。
父は体重が減った。ちょっとふとっていて、ウェスト91もあったのが、そのベルトがゆるゆるになっていて、ズボンがずり落ちそうである。
今は痛みはないようである。咳はよく出るし、痰もけっこう出るそうだが、食欲はあり、普通の生活を営んでいて歩くこともできるし、自転車にも乗れる。(もっとも先日、急にめまいがして自転車で転んだと言っていたが)
そういうことも心配ではあった。それで通院の時に自分で自転車で行くのを「私がクルマで送るから」と主張したところだったのだ。
やがて肺の病巣が成長して呼吸が困難になれば、酸素吸入とかに頼らないといけなくなるだろう。ボンベをつねにそばにおく生活である。鼻のところにチューブが見えて、機械を引っ張ってあるいてる方を時々見かけるけど、あんなふうになるのだろうか。
この「父と暮らせば」シリーズを楽しみにしてくださった方には申し訳ないのだが、最終回をいずれ書かないといけないかも知れない。その心の準備はしておかないといけないのである。
私は元気な父を見て、100まで生きてくれるかなと勝手に想像していた。父の他の兄弟が長命で、兄や姉が存命であるということもあった。しかし、それはどうやら叶いそうもないのである。
父はいつも、仕事から帰宅する私を待ちわびるようにしている。テレビの前で、ナイターを観戦したり、一緒に「八重の桜」を見たりしている。
「八重の桜」が完結するのを父はちゃんと見届けることができるのだろうかと思うと、なんだか悲しくなってしまった。
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